私はこうして『邪馬台国』に到達した!

(22)今に至るまで徹底している唐王朝の支配 

1)663年以降、この列島は唐王朝の支配下に
 万葉集をきっかけとして、わが国の古代史を検証することになりましたが、その混沌とした今のわが国の歴史認識を紐解く基本は、663年11月18日(旧暦の10月10日)に、この列島が、唐王朝に占領され、その支配下に置かれたことを認識できるかどうか、すべてはそこにあるとも言えます。それが認識できれば、古代史における数々の疑問や謎の多くは、おそらく「目から鱗」といったごとくに解明できることでしょう。
 同時に、唐王朝のわが国に関して改竄された歴史認識が、そっくりそのまま今のわが国の歴史認識でもあります。また、その改竄や支配の手法は、唐王朝も今も、基本は変わりません。ですから、今のわが国を支配している勢力は、唐王朝そのものと言ってもいいかもしれません。
 そういったことも、すべては、唐王朝の支配下に置かれたことが認識できるかどうかというところから始まります。
 
2)手下による「政権交代」

 唐王朝は、この列島では徹底して隠密裏に支配力を行使します。直接前面に出るようなことは、決してしません。ですから、その支配下にあっても、唐王朝に支配されているなどという認識を誰も持ちません。それによって、半永久的に自らの支配を維持できるというわけです。敵として認識されなければ、その支配は安泰です。
 その直接に支配しているのは、彼らの手下で、過去は武士でした。今は、「政党」です。つまり、政治を司る「党(唐)」というわけです。そして、彼らの支配が不能に陥ると、「政権交代」で、バトンタッチした後続が、その支配を受け継ぎます。それを、繰り返すことで、唐王朝の支配は、いつまでも安泰ということになるのです。
 そのたびに、支配下にある庶民は、目先の変わった新しい勢力に「期待」をするのでしょうが、唐王朝の手下という性格に何ら変わりが無いので、いつまでも唐王朝の支配は安泰です。平家、源氏、豊臣、あるいは徳川などと時代が変わったように思わせて、それは所詮「政権交代」であって、この列島の人々がその支配下に置かれるという点に何ら変わりはありません。明治維新とて同様です。唐王朝の勢力がその中枢にあって、この列島の人々を支配下に置き、徹底して収奪するという体制に何ら変わりはありませんでした。
 唯一、第2次大戦後は、天皇が絶対的支配力を剥奪されるとか、唐王朝の勢力である地主がこの列島の人々を小作人として隷属下に置いていた体制が農地改革で解体されるなど、国民主権という663年以降初めてのことがこの列島に誕生しました。これは、唐王朝の勢力にしてみれば、「倭人」が主権者となる大誤算で、再び、彼らの最も基本とする支配体制である明治憲法下に戻そうと、彼らは着々と進めています。
 あるいは、実質的には、戦前の無権利状態のごとくに多くの国民は支配されつつあるとも言えます。この列島の中枢を支配する唐王朝の勢力にとってみれば、国民は今も「倭人」でしかありませんし、所詮は「金づる」くらいにしか考えていません。
 しかし、国民の方は、わが国の支配勢力の正体が全然見えていませんから、いつまでもその隷属下に置かれ、延々と収奪の対象とされたままです。むしろ、収奪されている庶民が、そういった収奪している勢力を積極的に支持したりもしています。自らの首を絞めている勢力を応援して、さらに首を絞めてもらおうとするのですから、見えないということは、本当に恐ろしいものです。そうやって、1300年という年月にわたって、唐王朝はこの列島での支配を維持してきているのです。
  
3)徹底した差別支配
 彼らの手法は、徹底した差別支配にあるとも言えます。
 それは、人の逝去にまで、ランク付けをします。大陸の皇帝制度では、皇帝が亡くなると「崩」、そして「薧(こう)」、「卒」、「不録」と続き、そして庶民や奴婢は「死」とされました。つまり、5段階で人を差別していました。その差別支配をこの列島にも持ち込みました。ですから、今でも天皇が亡くなると「崩御」などと、「崩」よりもまるでグレードアップしているかのようです。唐王朝の勢力やその手下である武士は、この列島の人々を徹底してその隷属下に置きました。ですから、多くの人々は、その厳しい収奪にあえぎ、支配勢力に反乱するようになります。そこで、彼らは、支配下にある人々が「自分たちは差別されていないんだ」と思わせるためにある手法をあみ出しました。それが、いわゆる「部落差別」です。彼らは、その被差別部落の人たちだけが差別されているという認識を徹底することで、それ以外の人々に「自分は差別されていないんだ。まだ、ましだ」という安堵感を抱かせることに成功しました。
 ですから、どんなに収奪され、ぼろ雑巾のように使い捨てされるようなことがあっても、「自分は差別されていない」という認識があるので、支配勢力に全く抵抗することなく、唐王朝の勢力は安泰です。
 その手法は、あらゆる所で使われています。他国の悲惨な状況をことさらニュースで流し、この国はまだましだとか、非正規雇用など、悲惨な状況を生み出し、まだ自分は良い方だなどと思わせることにも成功しています。
 結局は、差別とは、徹底した収奪体制の維持のための安全弁といったところでしょうか。

4)「唐王朝再興をめざせ!」・・・すべては大陸侵略のため
 そういった唐王朝の勢力も、決してこの列島が安住の地だなどと思ってもいません。907年に唐王朝は滅ぼされ、大陸を追放され、やむなくこの列島に流れ着きます。その後の、彼らの基本的な戦略は、再び大陸に舞い戻り、「唐王朝再興」を果たすことです。
 しかし、王朝貴族の彼らには、そんな力はありません。そうなりますと、この列島の人々を騙して、その思惑に利用するしか方法はありません。それこそが、古事記にある「因幡の白兎」の逸話の真意です。その手法と目的が、明治維新以降の、大陸侵略です。「富国強兵」、「鬼畜米英」などと、国民を戦争へと先導し、「満蒙はわが国の生命線」だなどと、大陸へと侵略していきました。最大の目的は、唐王朝の再興と大陸の人々への復讐でした。
 そんな理不尽な思惑が、世界の民主主義の勢力によって破綻したのは当然のことでした。しかし、彼らは、今、再び、大陸侵略へと邁進しています。大陸に悪者を仕立て上げ、まるで桃太郎かのごとくに大陸へ侵略しようと、着々と準備を進めています。 

5)「徹底して騙せ!」
 しかし、明治時代の世界の流れと今は全く異なります。列強大国による世界分割が競われていた時代は遠く過ぎ去り、今や、軍事同盟ではなく世界中に平和の共同体づくりが、大きな流れとなっています。
 半世紀前、世界は、米ソを中心とした軍事同盟のもとにある国が、世界の人口比で7割近くを占めていました。しかし、現在、その軍事同盟なるものに支配されている国は、同じく人口比で2割にもなりません。
 一方、平和的に紛争を解決するという、言ってみればわが国の憲法9条の精神で世界各地に非軍事の共同体が築かれています。わが国の平和憲法は、世界の流れを先取りし、また貴重な教訓ともされているのです。ところが、大陸侵略を目指すわが国の中枢を占める唐王朝・藤原氏の勢力にしてみれば、それは、「目の上のたんこぶ」でしかありません。世界中に戦争を仕掛けて侵略ができ、また、わが国の人々を奴隷のごとくに支配できる明治憲法に戻そうと彼らは虎視眈々と狙っています。
 しかし、そんな思惑が明らかになりますと、憲法改定どころではなくなってしまいます。ですから、「環境問題を憲法で明確にする」だの、「地方主権を書き込む」だの、別に今の憲法でも十分に対応できるような事柄を理由にして、その一番の主眼は、大陸侵略を可能にするための「9条の改定」でしかありません。
 いかに、国民の目をそらし、自らの思惑に誘導するかが、今現在、彼らの最も重視している戦略です。そして、大陸で戦争状態になりますと、莫大な戦費が必要となります。その資金の調達が、「消費税の増税」です。
 彼らの大陸侵略の思惑を実現しようとすれば、この「憲法改定」と「消費税増税」は、セットで必須となります。また、いくら軍事力で制圧できたとしても、その兵力が帰国したら「元の木阿弥」です。だから、満州国の建国の頃と同様で、農民や各種産業に関わる人々を送り込まなければなりません。しかし、母国を離れて他国にまで行かせるなど、そうそう簡単にはいきません。それを可能にするのが唯一「貧困」です。この列島では農業を続けられない、あるいは仕事が無い、お金が無い、そういった貧困な状況にこの列島の人々を陥れ、大陸へ行けば仕事もお金も手に入るといったことで、それを可能にしようというわけです。
 戦前、地主は、耕作地がありながらも、小作人に作付けをさせず、食うに困る状態にし、「大陸へ行けば農地があるし、残った者には耕作地が増える」と大陸へ小作人を誘導しました。今は、地主がいませんから、政府が減反と称して耕作地を減らし、徹底して農業では生活できないように劣悪な農業政策をとっています。一部の大型農家だけが成り立つような方向に先導しています。新たな地主づくりということでしょうか。しかし、その大型農家すら成り立たないということにもなっています。
 いったい、わが国の食料は、どうなるのでしょう。大陸侵略しか頭に無いような唐王朝・藤原氏が背後で支配している政府では、わが国の多くの人々は、餓死する心配すらでてきます。すでに、お金も無く、住む所もなく、自殺する人も数多くあります。わが国では、近年、毎年3万人以上の人々が自殺しています。多くの人々が、困り果てて、それを何とかしようと思うようになりますと、その変革の願いを、さらに、彼らは自らの思惑に利用しようとします。
 一時、政治とお金の問題が大きな政治問題となりましたが、彼らは、その原因がまるで選挙制度にあるかのように誘導して「小選挙区制」を導入しました。企業献金が、政治を腐らせるという批判が大きくなりましたら、企業献金に頼らないようにと「政党助成金」を導入して、「税金どろぼう」も正当なる行為にしてしまいました。その上、その企業献金も復活させて、今や企業献金も政党助成金も懐に入れて、政治とお金の問題などお構いなしです。
 また、社会福祉を削りに削って、国民を困らせて、さらにそれを利用して、社会福祉のためだと言って、「消費税」を導入しました。その消費税は、単に大企業の懐に200兆円を入れるだけのことでした。その導入の本心は、大陸侵略の時の、大企業が、大陸での設備投資の原資とするものでしょう。
 そして、今又、更なる貧困に陥れ、社会福祉を口実に「消費税増税」をすすめようとしています。それは、社会福祉のためでも何でもなく、大陸侵略のための戦費調達であり、大企業の社会福祉に対する負担を減らすものでしかありません。
 本当に、国民の福祉を考えているのなら、国民健康保険に対する国の負担を5割から3割に減らしてしまうなどといったことはしません。国保の保険料の滞納が問題にもなっていますが、今まで国民と国の負担が半々だったものを、国がその2割を国民に押し付けたのですから、その負担が大きく国民に降りかかって、支払い不能になるのも無理もありません。一番の滞納者は、国民ではなく、国自身です。国民を貧困に陥れ、それを改革するかのポーズでさらに貧困に陥れるといった欺瞞に満ちた手法で、自らの思惑を実現しようというのが、彼らの戦略です。あくまでも、どこまでも、自らの大陸侵略の思惑は秘匿し、そのためにこの列島の人々を、利用しつくすというのが、彼らの手法です。
 つまり、古事記にある、因幡の白兎の逸話です。大陸侵略のためには、「徹底して騙せ!」、これが彼らの本性です。そのためには、米軍は、大切な「用心棒の先生」ですから、湯水のごとくに税金を投じます。同時に、沖縄の軍事基地も、大陸侵略のためには欠かせません。アメリカよりも、むしろ、わが国の政府の方が、基地建設を願っているかのようです。その思惑が、「抑止力」という言葉にも表れています。日米軍事同盟あってこその、大陸侵略というわけです。
 ところが、その本性を理解するには、この列島の2000年からの歴史を遡らなければなりません。なかなか骨の折れることです。しかし、彼らの本性を明らかにしない限り、この列島の人々は、未来永劫、彼らの隷属下に置かれ、貧困のどん底に陥れられるだけでしかありません。
 一人でも多くの人々が、この列島の歴史の真実に到達されんことを願わずにはいられません。
 



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